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風たちぬ 感想

数ヶ月前になりますが金曜ロードショーにて「風立ちぬ」が地上波初放送されました 僕は二度目の視聴となりますが、何度見てもジブリのアニメには驚かされます 背景美術や人々の動き、時代背景にいたるまでリアルの追求は実に美しい ふと思い出しましたが以前、NHKのドキュメンタリー番組※1にて宮﨑駿が特集されていました シーンのひとつひとつ細かな所にいたるまでリアルさを追求する彼の姿は実に病的で恐ろしくもあった

風立ちぬの主人公である堀越二郎もまた飛行機に対して病的なまでに情熱をかかげる人でした 「私は美しい飛行機をつくりたい」 この言葉を胸に彼は成長し、信念がぶれることなく飛行機の設計家への道を歩んでいきます しかし、時代は動乱期、戦争へと向かっていく時代です 彼の作る「美しい飛行機」は否応なく「戦闘機」へと姿を変貌していきます それでも彼は飛行機を作り続けます 自分の作った飛行機がたくさんの人々を戦地へと導き、死を与えていく その痛みを感じながらも作らずにはいられない 彼は何よりも美しい飛行機が好きでたまらないのです それが呪われた夢であっても モノを作る人間というものは少なからず、主人公堀越二郎のように自分の理想を追い求めます 理想を思うばかり、周囲を見ない人間も少なくありません 自分のすべてを理想にのみ向けているからです

作中、二郎はたびたび妹から薄情者だと罵られます 実際、妹が遠路はるばる訪れたというのに忘れていたといって待ちぼうけにします あるシーンでは潰れそうな銀行に駆け込む人々を対して興味もなく「ふーん」と眺めるだけ はたまたシベリアを貧しい子どもたちに向けて「ひもじくない?これを食べなさい」と差し出します 現代よりも「恥」に関して敏感な時代に生きる者にとって他者からの施しほど恥ずかしいことはありません まして、貧しい家の子どもにとってシベリアというお菓子はめったに食べれるものではありません それを簡単に差し出されてしまっては子どもといえど怒るのは当たり前です 少し想像すれば予想できそうな人の感情を彼は推し量ることができない それ故に彼は「大切な人」すらも知らぬうちに傷つけてしまうことになります いや、もしくは心のどこかでは気がついているのかもしれません 気がついていても、それでも自分の理想を追い求めずにはいられない その揺るぎない信念こそが彼を薄情者にしている 他者から薄情者に見えてしまう それはとても不幸であるかもしれない けれど、とても気高い生き方でもある フィクションの中で躍動するノンフィクション 堀越二郎の中に力強く存在するリアル これこそ、宮﨑駿の生き方なのだろう

1 プロフェッショナル仕事の流儀

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