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藤子不二雄 ミノタウロスの皿

紹介 コラム

今日の晩御飯は何でしたか?
ハンバーグ?ステーキ?すき焼き?
どれも美味しいですよね
私達の暮らしにおいて食は切り離すことのできない大切なものです。
その裏でたくさんの家畜たちの死骸の山が築き上げています。
それは肯定されるべき常識として私達の意識に根付いています。
今回はそんな常識に対してのアンチテーゼとも言える作品を紹介しようと思います。

 

ミノタウロスの皿は藤子不二雄短編集に収録されているお話です。
ストーリーは宇宙船の乗務員である青年がイノックス星に不時着する所から始まります。イノックス星は牛の顔をした生命体ズン類が星を支配しています。そして、彼らの家畜として人間そっくりの生命体ウスが飼われていました。
ウスはズン類の言葉を理解し、普通に話もでき、知性も持ち合わせています。
地球での常識の中で生きてきた主人公の目には「牛が人を食べている」という残虐な食文化に映りました。

地球の牛は自分たちが食べられるために育てられているという自覚はありません。
しかし、ウスは自分たちがズン類に食べられるために育てられているという自覚があります。こうした私達の常識との差異によってより、青年はウスに感情移入してしまいました。
作中で、青年はウスの中で美しい容姿をもったミノアに恋してしまいます。
しかし、ミノアは間もなくズン類によって食されようとしていました。
青年はミノアやズン類を説得しようとしますが、まるで理解してもらえません。
青年は自分の常識で話をしており、それは彼らにとっては常識ではなかったからです。
ウスにとってズン類においしく食べてもらえることこそが誉れであり、誇りなのです。
どれだけ青年が言葉を尽くしても、理解などしてもらえません。
言葉は空疎にすれ違い、どこまでも交差しない現状。
これは現実にも起こりうるコミュニケーション問題でしょう。
言葉だけが通じても、その背景にある常識に差異があるのでは決して通じ合うことはないのです。どちらかが、相手の常識に合わせる必要があります。
その点において、主人公は徹底して私達の常識に囚われ続きてしまいました。
結果、お互いを理解すること無く、ミノアはズン類たちに食されてしまい、青年は涙を流しながら宇宙船でイノックス星を後にしました。


自分が絶対だと信じてきた常識や価値観が、立場の違うものにとっては無価値に成り下がる。自分のバックボーンがゆらぎ、パラダイムシフトが起こる。
この物語の根底にはそういったテーマがあります。
そして、主人公の立場は一貫して私達側でした。
本作のラストで主人公がステーキを頬張るシーンがあります。
ミノアの命を救えず、涙しながら平気な顔でステーキを食べるのです。
相手側の常識を少しでも意識したのなら、ミノアの存在と牛肉の本質は変わらないと感じ、ステーキを食べることに対して疑問や躊躇を覚えていたでしょう。
しかし、主人公は何の疑問も抱かず、ステーキを食べるのです。
何とも皮肉なお話です……


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